No.5 上原浩治を考える!






上原 浩治(30歳・巨人)投手 186/85 右/右(東海大仰星高-大体大)





                  「現役NO.1投手!」





 恐らく今の日本のプロ野球界において、現役NO.1投手と言えるのが、この上原浩治だろう。私がスカウティング通信簿で求めた平均獲得ポイントでも、この10年で最高の数字を残しているのは、この上原浩治である。まずは、プロ入り以来の彼の成績を簡単に振り返ってみたい。


1999年 20勝 4敗 防御率 2.09
2000年  9勝 7敗 防御率 3.57
2001年 10勝 7敗 防御率 4.02
2002年 17勝 5敗 防御率 2.60
2003年 16勝 5敗 防御率 3.17
2004年 13勝 5敗 防御率 2.60
2005年  9勝12敗 防御率 3.31

となっている。この投手がなにより素晴らしいのが、2005年度を除けば、大きく勝ち星が負け数を上回っている点である。アマチュア時代に感じたのは
「何より負けない投手」・「試合を壊さない投手」と言う印象が強い。あの松坂大輔が甲子園で注目される中「上原こそ今年のNO.1投手」だと公言し続けてきた私にとって、プロ入り後の活躍を観て更にその評価は間違っていなかったと確信している。今回は、現役屈指の安定感を誇る、上原浩治の凄さの秘密に迫りたい。

(投球分析)  

ストレート  130キロ台後半~145キロ前後
スライダー  125キロ前後
フォーク   120キロ台後半
カットボール 130キロ~135キロぐらい

平均球速差  10~20キロ程度

 アマチュア時代は、伸びのある速球とアウトコース一杯のところで、微妙にストライクとボール球の出し入れが出来る小さく曲がるスライダーとのコンビネーションが光る投手だった。むしろフォークのイメージが強くなったのは、プロに入ってからだろう。

 小さなテイクバックからピュッとボールが飛び出して来る独特のフォームからは、常時130キロ台後半~145キロ程度と、それほど図抜けた球威・球速があるわけではない。しかしその速球の球質、制球力の精度の高さは、まさに一級品だと言えるであろう。勝負どころになればなるほど、上原は絶妙なところに球が決まる。勝てる投手とは、そういったものなのだ。

 変化球は、スライダーとフォークが主な球種。これに130キロ台のカットボールを混ぜて来る。けして緩急自在とか、そういった投手ではないのだ。結構単調なコンビネーションでも、それを補う見分けの難しい高速の変化球が、返って打者の空振りを誘っているとも言えるであろう。

<右打者に対して> 
☆☆☆☆

 右打者のアウトコース一杯に速球とスライダーを決めて来る。またインハイにも速球を見せつけることで、アウトコースの球をより活かすことが出来ている。またアウトコース低めにフォークボールを落とすことで、打者から空振りを誘うことが出来るのである。主にこの三つのゾーンに、三つの球種を織り交ぜることでコンビネーションを組み立ててくる。彼の素晴らしいのは、制球ミスが少なく、そのコンビネーションをどんな状態でも再現出来る精神力の強さにある。

<左打者に対して> 
☆☆☆☆

 左打者に対しては、アウトコース高めに速球を集めて投球を組み立ててくる。そうかと思うとインハイにも速球を決めアウトコースの球を活かして来る。右打者との一番の違いは、スライダーが陰を潜め、高めに決まる速球と低めに落ちるフォークの高低の差で相手を牛耳ている点である。二つの球種と三つのゾーンを活かすことで、左打者に対峙している。右打者に対するよりも球種が少ない分単調になりがちなのだが、左打者へも高い精度の制球力で、そのコンビネーションの少なさを補っている。

<上原の投球とは>

 プロの投手としては、緩急も球種も少なく攻めのコンビネーションは不足気味だ。それでも一つ一つの精度が極めて高い点が、彼の優れた特徴なのだ。ただ上原が悪い時は、その単調なコンビネーションに加え、自慢の制球力が狂い、シュート回転して中に中にボールが入ってきてしまうところだろう。上原の生命線とは、まさに常に球を散らし、コントロールミスの少ない集中力の高さにあると言えそうだ。そんな精度の高い制球力を支える、上原の投球フォームとは如何なるものなのか、今度は考えてみたい。


(フォーム分析)

<踏みだし> 
☆☆☆☆ 反動は付けずに、バランスと足の引きあげの高さに注目!

 写真1は、上原投手がノーワインドアップで構えた時のものである。まず両足元に注目して欲しい。しっかりスタンスを取りバランス好く立てている。この段階でバランス好く立つことが、フォーム全体のバランスの良さに大きな影響力を及ぼす。

 ただそれほど足を引いてから投げ込まないので、自然とエネルギーは捻出し難いフォームとなっている。特に反動は付けず足を引き上げる勢いは並程度だが、写真2のようにかなり足を高くまで引き上げることでエネルギーを導き出している。

写真1              写真2
 

<軸足への乗せとバランス> 
☆☆☆☆ 背中の傾けと腰の捻りに注目!

 今度は写真2の軸足(写真左足)に注目して欲しい。膝から上が真上に伸びきることなく立てているのがおわかりだろうか。膝がピンと伸びて余裕がないと

1,フォームに余計な力が入り力みにつながる

2,身体のバランスが前屈みになりやすく、突っ込んだフォームになりやすい

3,軸足(写真右足)の股関節にしっかり体重を乗せ難い

などの問題が生じてくる。しかし、上原は適度に背中を倒しバランスを取り、身体に捻りを加えることで上手く軸足の股関節に体重を乗せることに成功している。そのため、それほど最初に反動を付けなくてもエネルギーが捻出出来るフォームになっている。

<お尻の落としと着地> 
☆☆☆☆ 着地が早いのが最大の欠点!

 写真3をみると、一見上半身主導のフォームだと思っていた上原が、実はお尻をしっかり一塁側に落としていることに驚かされる。お尻を一塁側に落とす意味としては

身体をしっかり捻り出すスペースを確保して、ブレーキの好いカーブや縦に落ちる変化球を投げるための充分なスペースと時間を確保する意味がある。

 しかし投球フォームで重要なのは、むしろ足を降ろす着地のタイミングなのだ。その着地のタイミングを遅らせる意味として

1,打者が「イチ・ニ~の・サン」のリズムになりタイミングが取りにくいからだ。「ニ~の」の粘りこそが、投球動作の核となる。

2,軸足(写真後ろ足)~踏み込み足(前足)への体重移動が可能になる。

3,身体を捻り出すための時間が確保出来るので、ある程度の変化球を放られる下地になる。

などがある。しかし上原は、この着地のタイミングが意外に早い欠点があるのだ。上原は、特に2と3の欠点を抱えているフォームだと言えよう。

写真3              写真4
 

<グラブの抱えと軸足の粘り> 
☆☆ 制球を司る2大動作が出来ていない。しかし・・・

 次は写真5と6のグラブ位置に注目して欲しい。写真6では大きく投げ終わった後に、身体から離れた位置にグラブが抜け出してしまったのがおわかりだろうか。通常グラブをしっかり抱えることで、外に逃げようとする遠心力を抑え込み、左右の軸のブレを防ぐことでコーナーへの制球力は安定する。しかし彼は、この動作を無視しても球界を代表する精度の高い制球力を持っている珍しいタイプなのだ。

 今度は、写真5の右足のスパイクに注目して欲しい。ちょっと写真だとわかり難いのだが、上原の足元は完全に地面から浮いてしまい、足の甲でしっかり地面を押し付けられていないのだ。足の甲で地面を押し付ける意味としては

1,浮き上がろうとする上体の力を押さえ込み、球が浮き上がるのを防ぐ

2,フォーム前半で作り出したエネルギーを、後の動作に伝える

この点でも彼は劣っている。しかし実際は、それほど球が高めに抜けて抜けてしょうがないと言うほど酷くはないのだ。それは何故か?次のステップで説明して行きたい。

写真5              写真6
 

<球の行方> 
☆☆☆☆☆ 球を長く隠し、リリースも押し込めている。

 上原の場合、写真7の段階で身体に大きく捻りを加えている。これにより前の肩と後ろの肩が、打者から観て斜めになり、球の出所を長く隠すことが出来ている。写真8の段階でも前の腕と後ろの腕が、同じような高さにあり、打者からはボール握る腕は見えていないはずだ。非常に長い時間、球を隠すことが出来ている。このことが、上原の最も優れた技術その1だと言えよう。

写真7              写真8              
   

 ただ写真9の時をみると着地のタイミングは比較的早いので、彼は開きの早い部類の投手である。その欠点を補うべく、ボールが見えてからは鋭く上半身ピュッと振ることで、その欠点を逆手にとってタイミングを狂わせているのだ。彼の優れた技術その2である。この際に肘が下がり気味なのが気になるのだが、これも小さなテイクバックを実現にするためには致し方ないのだろう。同じような小さなテイクバックには、和田穀(ソフトバンク)などもいる。

 写真10では、腕を程よい角度で振られている。これをもっと上から振りおろそうとすると、肩への負担も大きくなり、その球質も低下するものと考えられる。そして写真10を観てもわかるように、リリースも指先まで力が加えられて球を押し込めている。ボールを長く持つ意味としては

1,打者からタイミングが計りにくい

2,指先まで力を伝えることでボールにバックスピンをかけ、打者の手元まで伸びのある球を投げられる

3,指先まで力を伝えることで、微妙な制球力がつきやすい

などがあげられる。上原の優れた技術その3は、この球持ちの良さだ。この指先の感覚の良さが、微妙な制球力をコントロールし、グラブの抱えや足の甲の押し付けが出来なくても、ボールをコントロール出来る最大の要因となっていると考えられる。

写真9              写真10
 

<フィニッシュ> 
☆☆☆ 投げ終わった後の動作が、調子の善し悪しのバロメーター

 写真11では、振りおろした腕がしっかり身体に絡みついているところだ。足も高くまで引き上がっているのだが、これは下半身の体重移動が不充分で、力の逃げ道をこの足に求めたからで評価出来ない。投げ終わったあとは、大きくバランスを崩すことなく投げられている。上原の調子のバロメーターは、この投げ終わった後の躍動感にあると言えそうだ。

写真11



(最後に)

 上原の投球フォームは、結構欠点を多く抱えたフォームである。面白いのは、その欠点を長所が上手く補い、欠点にさせていない点にある。投球フォームが理想的には見えない、球が球界屈指の威力があるように思えない上原が、長きに渡り球界のエースで有り続けた秘密には「優れた技術1~3」に代表されるような、極めて実戦力に長けた技術を身につけていたからだろう。彼が高卒の段階では、どこの大学からの推薦もなく一浪して大学の野球部に入学し、やがて頭角を現すことになる。それと言うのは彼の才能が、高校時点では大学でも野球を続けられる素質のある選手だとは、誰一人から評価されなかったことの裏返しだろう。そんな投手でもプロの世界において球界一の投手になれたのは、優れた技術を習得出来たからなのだ。努力が才能をも凌駕することを、彼は我々に教えてくれた。それはまさに




                   「雑草魂が成せる技!」




だったのだ。


(2006年 2月26日更新)