No.2 イチローを考える!





イチロー(マリナーズ)外野手 180/77 右/左 (愛工大名電出身) 
 

 今さら、イチローの足跡を語ろうとは思わない。日本人最高とか言う範疇に留まらず世界最高のアベレージヒッターであり、球史に残るであろう伝説の男、それが イチロー だ。

 実は、私は高校時代のイチローを記憶している。ただしそれは、打者ではなく投手としてである。その結論としては、投手としてはモノにならないと強く確信したことを今でも覚えている。フォームが硬く野手投げで、あの柔らかいバッティングからは想像も出来ないフォームだった。当時のイチローがバッティングに優れていたことは知っていたが、甲子園では結果が出ないで終わっている。そんなイチローの潜在能力を見抜くことなど、当時の私には出来なかった。

 日本球界でも、今後破られそうにもない7年連続首位打者を獲得するなど、数々の歴史を作ってきた。メジャーに渡ってからも、歴史を塗り替える記録を次々と打ち立てている。日本時代の彼の代名詞と言えば、「振り子打法」。何故彼は、振り子打法を捨てたのか? まずその疑問について考えてみたい。


(振り子打法とは)

 いわゆる私の言葉で言えば、イチローの振り子とは「早めの仕掛け」に属する。早めに足を地面から浮かし反動をつけ、その動きの中でボールを捉え運んで行くのだ。日本の野球のように緩急を多用し、フォームのタイミングも合わせ難い世界で成績を残すには、いち早く打撃の準備段階を作って挑む「振り子打法」は、実に優れた代物だった。


(振り子を捨てた理由は)

 では何故メジャーでは、振り子を捨てたのか? その要因として考えられるのは、肉体の成長に伴い振り子の反動を活かさなくても、同様のパワーを導くだけの筋力や体幹の強さを身につけられたこと。

 もう1つは、メジャーの場合、日本人のようにフォームでタイミングを狂わしたりする投手は稀であり、むしろ一番速い球に意識を持ち、その球に振り遅れたり力負けしないスイングがより求められたからだろう。

 また変化球にしても、カーブのような緩い変化球は稀で、スライダー・カットボール・チェンジアップ・ツーシームなど、その球速は速球に近く手元で小さく曲がる程度の変化が主流なのだ。出来るだけ球を手元まで引きつけて叩くことが、メジャーでは求められた。

 これらの理由が、早めに始動するよりも出来るだけ引きつけて叩くスイングへと彼を誘ったのである。


(フォーム分析)

<構え> ☆☆☆☆

 写真1は、一昨年ジョージ・シスラーの記録に迫ろうかと、歴史的な快挙に突き進んでいた時のものである。投手側の前足は、しっかり後ろに引かれたオープンスタンス。グリップは平均的な高さで、幾分捕手側に添えられている。かなり足をしっかり引いて立てているので、全体のバランスは好く、腰にはどっしり感こそないが、自然体でスッと立てている。

 ここで面白いのは、イチローがあまり両目でしっかり前を見据えられていない点である。これだけ足を引いても、顔がしっかり正面を向かないと言うことは、かなりイチローは身体が固い選手なのだろう。この構えだけでは、それほど突出した選手には思えない。

写真1              写真2
 

<仕掛け> 遅めの仕掛け

 投手の重心の沈み始めに対し、自分の重心も沈ませて「シンクロ」させている。写真2は、少し浮かせていた前足のカカトを沈ませシンクロさせた時のもので、イチローがここでタイミングを計っているのがわかる。

 イチローの本格的な始動は、投手の重心が沈みきって前に移動する段階、すなわち「遅めの仕掛け」を採用している。「遅めの仕掛け」とは、投手のフォームや球筋をじっくり見極めてから始動出来るので、狙い球を絞って叩くタイプで、その球を逃さず叩くのに適している。そこで捉えた打球は、ダイレクトに力を伝えられるので強烈な破壊力を生むことになる。

 この仕掛けは、始動が遅い分ボールが到達するまでの時間が短い。そのため、無駄な動作が許されない。速い球に差し込まれない鋭いヘッドスピードと少々差し込まれてもボールを押し戻す強靱な筋力を必要とする。しかしメジャーでは非力な部類のイチローが、何故早めに始動する「振り子」を捨て、この仕掛けを採用したのか?またその結果、歴史的な大記録を達成出来たのか疑問になる。通常は、始動が遅ければ遅い程、長距離打者の傾向が強くなるのに。

 そこには、先にあげたように日米の野球スタイルの違いに原因がある。メジャーではフォームや緩急でタイミングを狂わす投手は少なく、一番速い球に意識を置くことがより重要なのだ。そして手元で変化する球に対し、対応するための術だったに違いない。微妙に芯を外すことが主流のメジャーでは、ギリギリまで球を呼び込み的確に球を捉えることが求められる。そのためには、始動を遅らせる必要性があったのだろう。

<足の運び> ☆☆☆☆

 写真3のように、軽く足を引きあげる。着地する場所は、後ろ足の延長線上の真っ直ぐからベース側に、インステップして踏み込んで来ることが多い。これは、外の球にしっかり対応するための術である。外角がより広いメジャーでは、アウトステップ打者は辛い。ボールに向かって強く叩きに行くインステップは、メジャーの常識とも言える。

 イチローの優れた点は、写真4に現れている。写真4は、相当外角球に泳がされているものである。それでも足元のつま先は最後まで閉じられ、ギリギリまでカベを崩さないで粘ろうとしていることが窺われる。イチローの際だって優れた資質の一つに、この
前のカベをキープし続ける能力をあげたい。そのカベをキープするために踏み込んだ足元は、けして動かずに我慢出来ている。メジャーでは非力な彼が、アウトコースの速球にも対応出来るのは、このインステップの踏みだしと足元の我慢があげられる。

 もう1つ、イチローのステップで興味深いことがある。日本の振り子打法ではステップを広くとっていたが、今はとっても狭いことがわかる。ステップを広くとれば、軸足~踏み込み足への体重移動が可能になり、ボールを幅広く捉えることが出来る。しかしステップを狭くとるとボールをしっかり捉えられるポイントは少なくなるが、身体の回転を導きやすくなる。イチローは、手元で強くボールを巻き込むために、メジャー仕様としてあえてスタンスを狭くしていると考えられる。非力な彼が、メジャーの投手達に力負けしないための術がここにも隠されている。

 興味深いのは、始動が遅いので踏み込むタイミングを自在に調整して打つような、世界の王貞治や三度の首位打者に輝いた落合博満が採用していたような究極のタイミングの取り方を、けしてイチローは採用していない点である。日本にいた頃は、早めに始動しその中でボールを捉えタイミングを計っていたように見えたイチローだが、今のイチローでタイミングを計っていると思える動作は、最初の「シンクロ」ぐらいしか私にはわからない。このような動作を採用している選手は、野球選手ならば珍しくない。世界一のアベレージヒッターであるイチローのタイミングの取り方は、実にベールに包まれていて興味深い。

写真3              写真4              写真5
  

<リストワーク> ☆☆☆☆

 写真3を見ると、トップは深く取れている。トップをきっちり作ると言うことは、打撃の準備段階を事前に作り、強く打球を叩くのに不可欠な動作なのだ。その際には、グリップが身体の奥には入らず、自然とバットが出る位置に添えられている。

 彼の打撃で興味深いのは、スイング軌道である。通常アウトコースの球を強くきっちり叩くには、バットを上から下に振りおろす必要性がある。しかし写真4でわかるように、イチローは肘が下がりバットは寝かせて出てくるのだ。これでは外の球を強くきっちり叩けないので、並の打者ならば誉められない。この時にバットは、グリップが身体の前ヘッドが後ろの形でボールを捉えやすく、その打球は左方向へ行くか、打ち損じることが多いはずなのだ。しかしだ、イチローはわざとこの打撃をしているフシがある。外の球をボテボテで捉え内野安打、バットをチョンと出してレフト前ヒットなんて、イチローの代名詞みたいな打撃を思い出して欲しい。ボールを強く叩くのではなく、わざと中途半端なスイングをすることで球の勢いを殺し、内野安打を稼いでいるようにすら私には見える。

 その変わり、低めや内角よりの球を引っ張って巻き込むのには適したスイングなのだ。写真1~4と写真5,6は実は違う打席のものなのだが、写真5では綺麗に球を巻き込んでいることがわかる。イチローの場合、
瞬時にこの打ち分けを判断出来る特殊能力を身につけていると考えられる。

 けして上から振り出すようなスイング軌道でもなくても、ステップする距離を少なめにし、腰の回転を高めて鋭いスイングを生みだしている。そのためこのスイング軌道でも、ドアスイングにならず綺麗に球を巻き込み拾えるのだ。

 写真5のインパクトの押し込み、写真6のフォローをみても、けしてロングヒッターではない。実にコンパクトかつシャープに振り抜かれている。イチローとは、スイング動作の長所・短所を見事に理解し使い分けている。短所を短所にせずに、かえって自分の武器に変える
 柔軟な発想の出来る選手 なのだ。

写真6


<軸> ☆☆☆☆☆

 やはりイチローの
最も優れた資質には、この軸の安定がある。振り子の時は、前に軸を移動させて捉えていたが、今はその場で回転するスタイルに変わっている。頭の位置は極めて小さくし、身体の開きはギリギリまで我慢出来ている。写真6のように軸足に強さこそ感じないが、最後まで重心を残して叩くことが出来ているのは軸足の形が崩れずにキープ出来るからだろう。この軸の安定感こそ、イチローが並はずれた成績を残す大きな要因となっている。


楽天


(最後に)

 イチローの優れた資質は、動体視力など含め、技術的な観点では掴みきれない優れた資質を併せ持っているのだろう。しかしイチローの技術は、極めて天才的なのかと思いきや、けして優れた野球選手の範疇を脱しているわけではないことがわかった。では何故にイチローは凄いのか?

 それはイチローが、常人では欠点に成り得るような動作をあえて行い。それを武器に出来る発想の豊かさにある。難しい外の球を強く叩くのではなく、あえてボテボテでもヒットにつなげる術を柔軟に取り入れられる思考にある。綺麗に強くの打者の理想を捨て、あえてヒットになればと言う結果で割り切れる発想力。それでは何故、打者としての美徳を捨てることが出来るのか? それは、イチローがけして打撃だけが売りの選手ではないことがあげられる。守備も走塁も含めてファンを喜ばせる意識を持ち続けているからだろう。だからボテボテでも出塁すれば、今度は盗塁でファンを喜ばせる。何よりそれをすることが、チームの勝利へつながると信じているからに他ならない。静かな男は、誰よりもチームのことファンのことを常に考え続けているから。鈴木 一朗とは、そういう男なのだ!


(2006年 1月1日更新)